子どもたちへの災害支援
2004年10月|新潟県中越地震―山古志村の子どもたちへ
私たちみらネットは、子どもたちが避難所で毎日どうしているのか?
なかなか繋がらない電話で山古志村の知人にたずねました。
避難所生活の子どもたちは、遊ぶ事もなく、毎日おとなたちに怒られない様に過ごしているとのことでした。
そこから、私たちは仲間に声を掛け、子どもたちへの支援物資を集めて(特にトランプが欲しいとのコト)また、こんな時だからこそ綺麗にリボンでラッピングをして、1000人分作って山古志村に届けました。
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2011年3月11日|東日本大震災―仙台の子どもたちへ
あの日のテレビから見た光景は、今この日本の地球上で起きている出来事なのか?
受け入れ難い状況でした。なにかせずにはいられない!そんな間に声を掛け、子どもたちへの支援物資作りが始まりました。
同じ思いの方々から毎日凄まじい数の物資が事務局に届き始め、その数51、770点毎日毎日届く物資で事務局は足の踏み場も物資を置く場もなくなり、仕分けだけでも何日もかかりました。
そして子どもたちへ手渡す為の>ラッピング作業は夜を徹し1ヶ月程掛かり、ようやく準備ができたのは、まだ道路も普及していなく、支援者以外は立入り禁止の4月11日の事でした。
多賀城、宮城野、若林などの避難所を回り、被災した子どもたち約1万人へおもちゃ、文房具セット、髪飾り、ハンカチやくし等、物資と共に皆の思いを届けました。
毎日本当にすごい物資が届いたよ! |
リボンでラッピングして出来上がり! |
毎日新聞に掲載されました。 |
5月5日避難所に柏餅を500個届け子どもたちと鯉のぼりを描きました。 避難所は春だというのに寒かった! |
多くの方から中古のピアニカを協力して頂きました。皆で綺麗に掃除して吹口は新品に替え100個幼稚園に届けました。 |
写真中央の子は、靴も流され避難所に来た時、僕裸足だったんだよ・・・・ ホント全部流され何にもなくなっちゃたんだよ・・・・と |