なとおともどこ…逆だった!

i i 場所みらサポ&子ども食堂には、ルールがない。

おとなって経験が役立つ時もある。でも、自分が積んできた経験は、自分にとってのみ役立つだけかも知れない。他者に対しては、自分の積んできた経験が邪魔する時がある。経験は時として厄介かも知れないとわかっている経験が役に立つ。

不図観たテレビ番組で、10人の大人と10人の子どもが、ドアノブを取り付けた引き戸を1分間で開けられるか?というドッキリをしていた。おとな10人のうち引き戸を開けられたのは一人。子どもは全員がドアを開けられた。

ドアノブが付いていると、大人たちは押す、引く、思いっきり押す、思いっきり引く、それでも開かないので足も使って押す引くでも開かない。時間切れとなる。

こんなドアだった。

子どもたちはと言えば、まず押して引いては大人と同じ。それで開かないとドアノブを持って横にスライドする。難なくドアは開く。

経験が邪魔をする。

生きていくのに経験は時として生きていくことを難しくしてしまう。

お~い密になっているよ!楽しそうだけれど、離れて離れて!

人の意見は、皆平等だ。しかし世の中は、経験もないくせに…と意見が消されてしまったり、経済力のある方の意見が強かったり、人種、性別、年齢で意見の受け入れ方が違う。意見を聞いてもらえない条件をまぜこぜにして丸めてみたら、子どもたちの意見はヒエラルキーの底辺になる。子どもの居場所だもん子どもの意見で考えていこう。で、その時大人が持ち合わせていて欲しいのは、信頼して待つことかな。

ここ、みらサポは子どもの居場所。子どもたちの居場所になる前に大人が準備したルールを掲げてしまうと、大人は守らせようとしてしまう。

守らせる!よりも、守りたい!って思えた方がなんか生きていくのに楽なんじゃない⤴かなって思うわけ。なので、この居場所や子ども食堂にルールはない。でも集団で同じ空間に居ると不都合なことが出てきてしまう。例えば、食事中にゲームの音がうるさい…と何人かが思うとそこにルールが発生する。「食事中は、ゲームはダメ!」「こういしつはいるなぜったい!」子どもたちが決めたルール。ルールルルル~ルールルルル~は、由紀さおり。わかる人同年代かも。

by hiroko

あ!タイトルの「なとおともどこ…逆だった!」は、逆なの。「こどもとおとな」ってタイトルなんだよ。なんで逆なのか?書いた私も意味わからない。